2014年10月26日星期日
竹中半兵衛 の「10面埋伏の陣」 → 孫子の兵法に出てくる想像上のヘビ卒然のような陣様だったのかも
戦国時代に織田信長が8年かかって取ることが出来なかった岐阜県の「稲葉山城」 16人がコアになって少人数で落城させたのが 竹中半兵衛(たけなかはんべい) です。
その時に使ったのが 彼が得意とする「10面埋伏の陣(じゅうめんまいふくのじん)」というのだそうな(詳細は分かっていない?) 竹中半兵衛は若くして死んでいるし、反権威・反権力の姿勢がどの時代の権力者からも相手にされてこなかったせいかも…竹中半兵衛の「「10面埋伏の陣」は孫子の兵法に出てくるヘビ卒然のような陣だったのかも」と私は思っています。
「もぐらタタキ」をイメージして下さい。コチラのモグラを全力でたたいている間にアチラのモグラが出る。あちらをタタキに行けば別のモグラが… 最後はコチラがヘトヘトに疲れ切って敗北しますよね。 一匹一匹のモグラはメチャ弱いのに 変なの。
こういう歴史的な事実を知ると 兵の多寡、軍資金の大小 は2の次、3の次と思う(もちろん多いに越したことは無いけど)
重要な事実です。竹中半兵衛は古今の兵法書を読みふけり歴史から多数のコトを学んでいます。 原爆を2発も経験して多くの国民が殺され、3.11で甚大な被害を受けても学ぼうとしない日本人。歴史的に考えてコノ国って存在する意義が有るのだろうか? と320議席を与えた事実を受けて私は考えています(「諦めた時が最後の敗北」と分かってはいるのですがネ)十面埋伏
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