2014年10月5日星期日
静岡鉄道
静岡鉄道株式会社(しずおかてつどう、Shizuoka railway Co., Ltd.)は、静岡県静岡市で鉄道路線を保有・運営する事業者(中小私鉄)。「静鉄グループ」の中核企業であり、静鉄(しずてつ)と略称される。他に索道事業(日本平ロープウェイ)、不動産事業、ホテルなどを展開する。
旧静岡市の安西地区に集積する製茶問屋から清水港へお茶を輸送する目的(当時はアメリカへのお茶の輸出が盛んであった)で1906年に設立された(旧)静岡鉄道を前身とする。その後大日本軌道静岡支社の路線となっていたこの鉄道路線を譲り受け、1919年に駿遠電気として設立された。1923年に静岡電気鉄道に社名変更し、1943年に国策によって藤相鉄道・中遠鉄道・静岡乗合自動車・静岡交通を統合して「静岡鉄道」となった。
静岡電気鉄道時代の1923年から1930年上期に至るまでは相当な放漫経営であったという[1]。同社専務の熊沢一衛は四日市製紙・四日市銀行の専務を兼ねており手広く事業活動を行っていたが、1932年に四日市銀行が破綻したため、同専務は所有する静岡電気鉄道の株式[2]を大阪電気軌道(大軌、近畿日本鉄道の前身の一つ)に譲渡しようとしたが、大軌は静岡電気鉄道の経営には興味を示さなかったため、大軌の監査役をしていた東京横浜電鉄代表取締役の五島慶太に株式引き受けについての依頼があり、最終的に1941年に東京横浜電鉄の傘下に入ることになった[3]。東京横浜電鉄が東京急行電鉄(東急)となったのち、静岡鉄道成立時の初代会長に五島慶太が着任し、東急グループの一員となった。その後1947年に東急グループを離脱したが、現在でも筆頭株主は東京急行電鉄であるため、東急とのつながりが深く、現有車両の1000系は東急車輛製造製である。過去には東急(目黒蒲田電鉄、東京横浜電鉄の車両を含む)の中古の車両を購入して走らせていたこともある。
鉄道路線は現在、新静岡から新清水間11.0kmを結ぶ静岡清水線のみである。1950年代には静岡県中南部各地に5路線計100km近くの路線を有していたが、1960年代以降のモータリゼーションの影響により静岡清水線を除き廃止された。またかつては静岡県中部一帯を営業エリアとする路線バス事業が主力事業となっていたが、子会社を設立して一部の路線を分社化したのち、2002年10月1日には静岡鉄道本体が運営していた全バス事業を子会社のしずてつジャストラインに分社化した。
乗車カードは自社系列バスと共通のパサールカードを発行。2006年10月28日よりICカードシステム「LuLuCa(ルルカ)」を導入。さらに2007年9月1日よりPiTaPa・ICOCA、2013年3月23日よりJR東日本のSuica、首都圏の私鉄などのPASMOを始め、JR北海道のKitaca、名古屋市交通局・名鉄のmanaca、JR東海のTOICA、福岡市交通局のはやかけん、西鉄のnimoca、JR九州のSUGOCAとの相互利用取り扱いも開始。パサールカードは、2013年3月をもって発売が打ち切られるが、当分の間は、発売続行となった昼間用パサールカードとともに使うことはできる。
2009年8月1日から西鉄イン・名鉄イン・京急EXインのネットワークに同社経営の静鉄ホテルプレジオが加わることになり、同時に同ネットワークは「Rail Innネットワーク」と名付けられた[4]。
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