2014年10月19日星期日
消えつつある名画座を今こそ! 特別企画や年間パス…。知恵絞る老舗も
地方出身者としては、東京っ子が子供のころ、古い映画を見まくっていたなどと聞くと、うらやましくてしようがない。地方といえども、当方が育った40年ほど前はまだ映画館はいくつもあったが、いわゆる名画座というのはあったかどうか。朝から晩まで映画館に入り浸って年間1000本は見ていた、なんて高校生はいなかったはずだ。
だが東京でも名画座は姿を消しつつある。今年も7月に三軒茶屋シネマ、8月には新橋文化劇場、ロマン劇場が閉館。昨年は三軒茶屋中央劇場、銀座シネパトス、一昨年には浅草の3劇場が営業を終えており、ファンにとっては寂しいニュースが相次いでいる。
飯田橋駅前のギンレイホールは今に残る数少ない名画座の一つだが、ここで10月10日までの2週間、神楽坂映画祭が開かれていた。開館40周年を記念した特別企画で、1970年代を中心に26本の名画の上映とトークショーのほか、近くの商業施設、飯田橋ラムラでは、「名画座フェスティバル」と称して全国各地の名画座の写真展や映画看板絵の展示、さらに野外上映会も開催と、盛りだくさんの内容だった。
4日の土曜日の夕刻、ふらっとラムラを訪れると、買い物客や通行人が興味深そうに名画座の写真を眺めていた。銀座並木座や大井武蔵野館、飯田橋佳作座といった当方が上京したころには健在だった名画座の懐かしい姿も見える。
「こういう特別興行と写真展というのは初めて企画したのですが、都内の名画座の閉館が相次いでいるという背景もあります。主に建物の老朽化が理由のようで、お客さんがいるのに閉めざるをえない。でも名画座は今も求められているということで、『名画座主義で行こう』というキャッチフレーズを考えました」とギンレイホールの久保田芳未支配人は説明する。
ギンレイホールが開館したのは昭和49年だが、それ以前にもこの場所には銀鈴座という映画館があったという。ギンレイホールとしては当初から名画座としての営業だったが、転機が訪れたのは平成8年、現在の加藤忠館主が事業を引き継いでからだ。改装工事を終えると、翌9年、ギンレイシネマクラブという会員制度を発足し、日本初のシネパスポートを導入した。1人1万円で年間パスポートを購入すると、何本でも見たいだけ見ることができるというシステムで、会員は現在、数千人に上る。
「座席数は202席ですが、作品によっては立ち見が出ることもあります。通常、2本立てで2週間ごとの番組編成ですが、パスポートなら1本ずつ別々の日に見ることもできる。当時は相当な冒険だったと思いますが、今は会員さんでもっているという感じです」と久保田支配人。
名画座といっても、封切りから何年もたった往年の作品をかける劇場と、公開数カ月後の比較的新しい映画を上映する映画館の2種類がある。前者としては池袋の新文芸坐やラピュタ阿佐ヶ谷、神保町シアターなどがあり、後者では目黒シネマ、早稲田松竹、下高井戸シネマなどが頑張っている。ギンレイホールは後者の代表格で、通常は早ければ封切り後2~3カ月で登場する場合もある。
「ロードショーで当たったかどうかがわかるとはいえ、初日が入らないと胃が痛くなる。何をやるか考えるのは楽しみでもあり、苦しみでもある、といった感じですね。お客さんから、2作品の組み合わせがよかったよといわれると、すごくうれしいです」と久保田支配人は打ち明ける。
今回の特別興行は、ギンレイホールが開館した40年前ごろの作品が中心で、同劇場としては珍しく旧作の上映となった。ラムラから劇場に移動すると、最近は映画館離れが顕著とされる若者の姿も多く見られる。この日は夕方6時50分から「名画座が映画ファンを育てた」と題してトークショーが開かれたが、これがなかなか熱い議論で、非常におもしろかった。
司会を務めたのは今回の映画祭の実行委員長、城西国際大学教授の掛尾良夫さんで、映画ジャーナリストの大高宏雄さんと毎日新聞記者の勝田友巳さんがゲストで参加した。できればすべてを採録したいところだが、それだととんでもなく長くなってしまうので論点をかいつまんでみたい。
名画座が衰退していった一番のきっかけはレンタルビデオの普及で、昭和60年のTSUTAYA創業後、映画館の役割が変わっていったという。さらに平成5年にはシネマコンプレックスが登場し、ヒット作以外はばっさり切り捨てられる時代になる。そしてここに来てデジタル映写システムへの移行で、設備投資できない映画館はどんどん閉館に追い込まれていった。
だが、「とにかく名画座はつぶしてはいけない」と大高さんは主張する。シネコンの隆盛で質の高い映画の上映回数が限られていく中、準新作を上映するギンレイホールのような名画座はそういう作品を鑑賞できる貴重な場所なのだ。「でも映画の楽しさ、すばらしさを知っている人が来るだけで、映画を見ない人は首にひもをつけて引っ張ってきても絶対に来ない。特に若い人が来ないというのはどうしようもないところがある」と大高さんは嘆く。
では何か処方箋はあるのか。大高さんが「国に助成してほしい」と訴えれば、勝田さんは「親が小さな子供を連れてくること」と提案するが、なかなか特効薬はない。名画座を含め、シネコンが切り捨てるような作品を上映する映画館がなくなったら、多様な映画文化が消えてしまう。現在はそんな崖っぷちの状況に置かれているということを、改めて肝に銘じなければならない。名画座
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