2014年12月3日星期三
Simon Wiesenthal Center: 最後のナチ大物戦犯「アロイス・ブルンナー」の死亡を確認
未だに逃走中のナチ戦犯としては最大の大物となるAlois Brunner(アロイス・ブルンナー)が既に、4年前に逃亡先のシリアで死亡していたことが判った。
Simon Wiesenthal CenterのEfraim ZuroffがBBCの取材に応じてAlois Brunnerが死亡していたことを明らかにした。Efraim Zuroffは世界的に有名なナチハンターともなる。
Efraim Zuroffによると、Alois Brunnerは2010年頃に死亡し、ダマスカスで埋葬されたことが、ドイツ連邦情報局からの情報提供により判明したとしている。
Simon Wiesenthal Centerでは、ナチス戦犯のお尋ね者リストからAlois Brunnerの名前を今年の4月に削除しており、この措置を巡っては様々な憶測が飛び交っていた。
Efraim Zuroffによると、ドイツ連邦情報局からの情報提供を受けた後、更に最近になりより堅固なAlois Brunner死亡を裏付ける証拠が得られたため、Alois Brunnerをお尋ね者リストから削除する措置を講じたとしている。
Alois Brunnerは、ナチスドイツによる「Final Solution(最終的解決)」の決定に従い、Adolf Eichmann(アドルフ・アイヒマン)の副官として、オーストリアで47000名のユダヤ人を、ギリシャで44000名のユダヤ人を、フランスで23500名のユダヤ人を、そしてスロバキアで14000名のユダヤ人を強制収容所送りとすることで、これらのユダヤ人の大部分を死に追いやったナチスの大物戦犯の一人となるが、国際的な捜査の目を潜り抜けてこれまで拘束されることなしに逃亡生活を続けてきた。
これまでの情報では、Alois Brunnerは1950年代ごろにシリアに逃亡し、シリア政府のコンサルタントとして捕虜や政治犯に対する拷問の手法を指導する立場に付いたとされており。Alois Brunnerはこれにより、アサド政権の強い庇護の元に置かれる結果となったことがイスラエルの追及を逃れる隠れ蓑として働く結果となったようだ。
イスラエル情報局は1961年と1980年の2度に渡ってシリアで潜伏中のAlois Brunnerの暗殺作戦を実行したが、そのいずれも所在地を把握することができず失敗に終わっていた
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